世界最高齢、87歳の 現役トライアスリートに聞く “絶対に無理しない”トレーニング術

#インタビュー

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トライアスロンを始めたきっかけは、60歳で定年退職となって、仕事を辞めた時。 「身体がこのままでは駄目になる」と思ったからです

稲田 弘さん

いなだ・ひろし/稲毛インターナショナルトライアスロンクラブ所属。1932(昭和7)年、大阪生まれ。NHKの放送記者を60歳に定年退職した後、70歳でトライアスロンを始める。2016年、84歳で「アイアンマン世界選手権」最高齢出場の記録を更新。目下、連続出場10回目となる2020年のアイアンマン世界選手権で、自身の持つ世界記録を塗り替えるべく、トレーニング中。

トライアスロンとの出会い

 

トライアスロンを始めたきっかけは、60歳で定年退職となって、仕事を辞めた時。
「身体がこのままでは駄目になる」と思ったからです。
そこで、家の前にあったフィットネスクラブに入会して、水泳を始めました。
泳げるようになって3~4年して、クラブの仲間と、泳いで走る「アクアスロン」大会を完走したんです。それで、次はトライアスロンだと、70歳からトライアスロンの大会に出るようになりました。
学生時代は、山岳部にいまして、山登りにはずいぶん行きました。
あの頃、重い荷物を背負って何日も歩いた経験が、今、長い距離のトライアスロンができるチカラになっていると思います。
しぶとく、しんどいけれど最後まで続ける、そんなチカラの元なのかもしれません。

 

世界最高齢の「アイアンマン世界選手権」完走記録保持者

トライアスロンで一番距離の長い「アイアンマン世界選手権」というレースで、80歳でコースレコードを出したのが、最初の世界記録でした。
ハワイ島のコナで開催され、3.8㎞泳いで、180㎞自転車を漕ぎ、42.195㎞走る、合計226㎞の大会です。
そのあと、何年か失敗しまして、84歳で、世界最高齢の完走者の記録を残すことができました。さらに2018年、85歳での完走で、自分の記録を更新しました。
その時のタイムは、16時間53分46秒と、制限時間17時間のところギリギリです。
トライアスロンの魅力は、この年齢になっても、トライアスロンという競技が続けられるってことが、大きいですね。
あくまで僕の場合ですが、こんなに楽しく、生きがいを見つけて、毎日を過ごせるので、「今が青春!」って思っています。
だって、続けてやっていたら、できるようになるのですから。
辛いなと思っていたのに、楽に走れるようになったり、カラダに合ったフォームを見つけられたり。
毎日、新しい発見があるから、面白くなって、続けてしまうんです。
3つの種目ですから、確かに大変なんですが、それができるのも楽しい。
「自分は、まだできるんだ!」って、ゾクゾク感があるんです。

 

トレーニングの極意は「ゆっくり始めて、ゆっくり終わる」

トレーニングは、最初は、我流でした。
だから、日本で開催された大きな大会で、みごとに失敗しました。
そこで、チームに入ることにしました。
今も所属する「稲毛ITC(インターナショナルトライアスロンクラブ)」に入会し、それからは年齢に関係なく、チームの練習メニューをこなしています。
毎日の練習は、日によって違いますが、1日2種目、ないしは3種目です。
普通のパターンだと、朝6時のスイムから始まります。
もちろん私は遅いのですが、約1時間半、3000mくらい泳ぎます。
さらに、朝食を挟み、自転車で100kmほど走ります。
その後は、(100㎞自転車を走った後だと)体力的に厳しいので、ランを5km。
自転車トレがない日であれば、山を走るトレランを15㎞といった具合ですね。
稲毛ITCの他の選手と、私のトレーニングが違うのは、「ゆっくり始めて、ゆっくり終わる」というところです。
最初から飛ばしたら、バテちゃいますから(笑)。
全体の3分の1は、ゆっくり、体調を考え、ペースを抑えながら、徐々に徐々に上げてゆきます。
そこからペースを乗せて、3分の2まで一定のペースで行って、最後の3分の1は、同じ時間をかけて徐々にペースを下げてゆくペース配分です。
ゆっくり終えれば、疲れをできるだけ残さずに練習を終えられますし、故障もしにくくなります。
レースでも、基本的には同じです。
スタートしても、少しずつペースを上げていって、(全力の)70%程度までを維持します。
もちろん、最後は落ちてきますが、体力を使い切るつもりで行けば、ゴールできます。
そうした、ちゃんとゴールできるペースの感覚を、普段のトレーニングで培っているのです。

 

計測デバイスに、振り回されない

心拍計は、あんまり気にしすぎると、僕の場合、逆にダメになっちゃいます。
歳を取るほど心拍数(1分間の心臓の拍動数)は、上がらなくなりますし、上がりすぎると心臓に負担が掛かってマズイですから、運動の強度を正確に測れる心拍計は着けたほうが良いのですが……。
何度も着けて走っているからですが、心拍数は、こまめに確認するより、感覚的に分かることが、やはり大事だと思います。
時計もあまり見ないし、スピード計も付けてはいるけれど、ほとんど見ません。
正直言いますと、レースで、そんな余計なことを考えていたら、走れないです。
スピードも、時間も、心拍数も、感覚的に分かっているのは、カラダに染み付いた、練習の賜物だと思っています。
それに、後半、ゴール近くになると、沿道の人が教えてくれるんですよ。
「あと何キロだぞ、今のペースじゃ間に合わない!」って(笑)。
そんな時は、ちょっとペースを上げてみたりしますし、時計もチラリとみます。
ハワイのコースなら、9回も出ているので、どの辺りで、どれくらいのスピードで走ったら、どうなるか自分である程度は分かっていますしね。

 

87歳の挑戦に向けて……

次の目標はもちろん、2020年のハワイでの世界選手権アイアンマンです。
10回連続の出場にもなるので、もう1度、自分の持っている、世界最高齢の完走者の記録を更新したいです。
80代で走っているのは私だけですから、ライバルは自分しかいません。
完全に、自分との闘いです。
だから、私は絶対に無理をしません。
どんな小さなことでも違和感があれば、知りあいのドクターやコーチに相談します。
お世話になっているコーチの山本淳一さんがいて、毎年、ハワイに来てくれて、面倒を見てくれる。
そういうコーチの存在などもあって、初めて世界記録への挑戦ができると思っています。
現地でも、私を応援してくれる人もいます。
沿道で、「絶対にゴールしろ!」と励ましてくれるのです。
今まで、僕みたいな年齢の選手がゴールを切ったことがないから、テレビ中継も含め、世界中が注目してくれています。
アイアンマン世界選手権のゴール、コナのフィニッシュゲートは、特別です。
完走することは、今、自分の責務だとも感じています。
最大の目標なので、それしか考えられないし、そのために生きています。

 

Getty Images

 

引退しても、やりたいことは山ほど!

トライアスロンを引退したら?
そりゃ、やりたいことは、山ほどありますよ。
もともと山をやっていたのですが、登っていない山が、まだまだありますし。
それから、自転車でヨーロッパの道を走ったり、世界一周もしてみたい。
どれも、今しかできないことばかりです。
その夢を一緒に叶える機会が、2019年に、たまたま良いタイミングであったんです。
コーチと一緒に、スイスのローザンヌで開催されたトライアスロンの世界選手権(スイム1.5㎞+バイク40㎞+ラン10㎞のオリンピックディスタンス)に出場しました。
憧れのマッターホーンを間近に見れたし、ヨーロッパの道を自転車で走れました(笑)。
しかも、2人揃って、エイジ部門で、日本人として初の世界チャンピオンになれました。
だから、夢は持った方がいいんです、せっかく生きているんですから。
「歳だから、できない……」というのは、よくない考え方です。
生きている間は、夢みたいなものを追い続けてゆくのが、いいんじゃないかな。
今の僕にとっての夢は、トライアスロンをやること。
それが、生活の全てですし、こんなに夢中になれるって、他にはないです。
生きがいなんてもんじゃなく、私にとって「青春」そのものなんです。
年取ってくると、瞬発力は全くなくなります。
勝負は、持久力だけ。
最後まで、諦めずに頑張り通せるか、僕なんかの勝負になります。
なんで、こんな苦しいことをやっているんだって思うこともよくありますけれど、それをやり遂げた時の喜びは、特別なんですよ。
だから、やめられないんです。

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