Vol. 17 佐藤正裕さん(八王子スポーツ整形外科)
〈プロフィール〉
さとう・まさひろ/1980年生まれ。「八王子スポーツ整形外科」リハビリテーションセンター統括。理学療法士、日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー。「八王子スポーツ整形外科」では、内視鏡手術で定評のあるスポーツクリニックのリハビリ部門の統括を務め、併設のメディカルフィットネスの部門でもアスレティックトレーナーとして現場にあたっている。
時おりジワジワと痛むから、だましだまし走る……。
ヒザ痛に悩む、市民ランナーやサイクリスト、アスリートは枚挙にいとまがない。
これからも長く運動を続けるために、自分自身の「ヒザ」とどう付き合うべきか?
そこで、ヒザのケガ治療の専門家集団、東京・八王子の「八王子スポーツ整形外科」を訪ねることに。
アスリートのケガのリハビリと、復帰のためのトレーニングを担当する
理学療法士であり、アスレティックトレーナーでもある、佐藤正裕さんに
ヒザ痛との付き合い方について、じっくり教わった!
「八王子スポーツ整形外科は、アスリートのためのクリニックとして、2003年に設立されました。適切な診断と治療、リハビリを行うクリニックに加え、予防のためのトレーニングも一貫で行う“メディカルフィットネスセンター”を併設しています」
こう語るのは、八王子スポーツ整形外科の佐藤正裕さん。
佐藤さんは、バスケットボールのプレーヤーから、理学療法士、トレーナーの道を歩み、9年前から八王子スポーツ整形外科に移り、現在、リハビリ部門の統括している。
「本院に来られる方は、プロ選手から小中学校や高校、大学の学生、中高年のスポーツ愛好家など幅広いですね。周辺には、スポーツが盛んな高校や大学、実業団も多いので、野球やサッカー、ラグビー、フットサル、バスケなどのアスリートが通われています」
実際にクリニックに行ってみると、その規模に、誰もが驚くはずだ。
ケガの診察から治療、そしてトレーニングまでの一連のケアが、1つの広いフロアで行われているのだ。
取材した日は3連休の中日で、患者数は少なめというが、フロアには、スポーツ整形独特の、アスリートたちの活気に満ちていた。
一番、来院者が多いのは、ヒザのケガ
「サッカーやバスケットボール、ラグビーなど、プレーに切り返しの動きや、コンタクトがあるスポーツでは、靱帯や半月板など、手術が必要となるケガが多くなりがちです。当院は、関節鏡での手術を得意にしており、こうしたケガの方が多いのが特色です」
佐藤さんは、八王子スポーツ整形外科の特色について、説明してくれる。
ランニングを含めた陸上競技では、手術を伴わない、筋肉や腱の障害が多いという。
「ジワジワと痛い、ヒザの障害ですね。使い過ぎや、あまり良くない使い方を繰り返すことで、疲労やストレスが溜まり、結果的に痛くなった状態です」
ヒザに次いで来院患者が多いのは、肩、肘、足首、腰。
「小学生や中学生の、野球肘や野球肩の学生がとても多いですね。中高年でも、テニス肘、あるいは肩の痛みを持つ方もたくさん来られます」
「ヒザのねじれ」が、痛みを招く!
「人間の脚は、モモの骨に対して、スネの骨が、本来、少しだけ外側にねじれて付いています。しかし、この少しのねじれが進行すると、ヒザに大きなストレスがかかった“下腿の外旋(かたいのがいせん)”状態になります。この“下腿の外旋”が、さまざまなヒザのケガの原因になっていると考えられます」
ヒザのねじれは、普段の生活で徐々に進むという。
「例えば、女性がよくやる“横座り”や“割り座(いわゆる、女の子座り)”のような、足を崩して座る生活習慣も原因になります。“割り座”では、つま先が外に向き、スネは外側にひねられ、モモが内側に倒れますから、“下腿の外旋”になりがちです」
さらに女性の場合、立ったり座ったりする際に、膝が内側に入ってしまうような動作も、ヒザ痛の原因になるという。
関節内の脂肪などから、痛みがでる
ヒザのケガで有名なのは、“半月板(はんげつばん)損傷”や“靭帯(じんたい)損傷”だろう。
「“半月板損傷”や“靭帯損傷”は、ジャンプの着地や動きの切り替えしで、上手く止まれなくて、ヒザを内側にガクッとひねると起きたりしますね。こういった、1回の大きい外力で受傷した外傷は、内出血などを伴い、膝が腫れます。また、ジョギングなどでジワジワとヒザが痛くなる障害は、一歩で受ける外力は小さいのですが、何度も繰り返しの負荷が加わって、筋や腱、あるいは半月板が徐々に傷みます。カラダの使い方が悪い場合、それが足し算になって組織が傷みやすくなってしまいます。最近、ヒザの痛みの多くは、関節の中の脂肪や滑膜(かつまく)といった組織から痛みの物質が出て起こることが分かってきました」
太って体重が増えることも、ヒザへの負担が大きくなる原因になる。
「モモとスネの骨は、人間のカラダの中で、1、2を争う長い骨です。そのため、ヒザは構造的に不安定で、ちょっとヒザがブレるだけで、テコの原理で、簡単に負担が大きくなってしまいます。これに体重増が加われば、さらにストレスが大きくなってしまうのです」
「ヒザ痛の原因になる“悪グセ”」➀階段の下り
× 階段を降りる際に、ヒザが内側に入る
ヒザ痛のリスクが低い下り姿勢では、股関節、ヒザ、足首が、真っすぐ一直線になって着地する。これができず、ヒザが内側に入りがちになると、危険度がアップする。
だましだましでは、決して良くならない
「痛みの科学は、よく分かっていない部分が、たくさんあります。痛みは、組織に刺激が加わって、それを神経が脳に伝え、脳が“痛い”と認めて、初めて痛みとして感じます。そのため、炎症がなくても痛むこともあります。炎症=痛みとは限らないのです」
痛みは、メンタルとも連動することが多いと、佐藤さんは説明する。
「脳には、痛みを和らげるシステムがいろいろと備わっています。しかも、そのシステムは、体調や気持ちでも変化します。嫌なことで落ち込むと、痛みを感じやすくなったりします。逆に、集中しているとか、良いことがあるとかでも、痛みを感じにくくなります。試合中にケガをして患部が腫れていても、痛みをあまり感じないでプレーできちゃうことってありますよね。でも、試合が終わると、すごく痛くなったりするのは、このメカニズムです」
なるほど、痛みのメカニズムは、なかなか複雑なのだ。
「だから、痛い時もあれば、痛くない時もあって、だましだまし運動される方が多いのです。患者さんからは “ある程度動いてしまえば、痛まなくなる” よく言われます。しかし、ヒザに炎症が起こるのは、“悪クセ”などの原因があります。そのまま放置せず、変えなければなりません」
「ヒザ痛の原因になる“悪グセ”」➁立ち座り
〇 ヒザ痛リスクの低い「立ち方」
× ヒザ痛リスクの高い「立ち方」
ヒザ痛リスクの低い「立ち方」は、しっかりと体幹が前に倒れ、ヒザからではなく、お尻から立てている。また、正しい「座り方」は、足首、ヒザ、股関節が、バランスよく曲がり、ヒザにかかる負担が分散できている(ヒザ痛リスクの高い座り方は、関節を上手く使わない、ドスンと腰を下ろす動き)。立ち座りのいずれも、つま先やヒザが内側に入っていないかをチェックする。
やがては、人工関節……!?
「痛みをだましだまし、活動を続けても、カラダの悪い使い方が直ったワケではありません。痛みを引きずり、かばうことで、さらにカラダの使い方が悪くなる可能性もあります」
この状態が進むと、関節の内側でもこすれが生じ、半月板そのものの損傷や、あるいは半月板の下の軟骨もすり減って、最終的には「変形性膝関節症」に進行してゆくという。
「そこまで行ってしまうと、関節の滑らかさが失われて、骨が変形していき、“関節が伸びない”、“正座ができない”など、関節が動きづらくなります。さらに“軟骨下骨”にまで、こすれが到達すると、骨自体が痛むようになります。こうなると、人工関節の手術が必要になるケースが増えてきます」
人工関節を入れるレベルに達すると、スポーツをすること自体が難しくなる場合もある。
「そうした事態にならないためにも、ヒザのねじれを含め、日ごろから、運動前にカラダの機能を整えることが大切です」
ヒザ痛、危険度チェック(片脚スクワット)
〇 ヒザ痛リスクの低いスクワット
片脚でスクワットした際に、「ヒザが内側に大きく入らないか」チェック。正しく動けていれば、股関節、ヒザ、脚を結ぶ1本の直線に沿ってスクワットできる。この時、両肩のラインと骨盤のラインも水平になる。ヒザ痛リスクが高いのは、「ヒザが大きく内側に入っている」パターン。左右ともにチェックしよう。動作をスマホで自撮りするか、パートナーに動きをチェックしてもらう。正しいスクワットができない理由は、ヒザそのものではなく、足首や股関節に課題があることが多い。弱点の脚が分かったら、次回に紹介する、ヒザケア3ステップを試してみよう!