パラアスリートを含めた、アスリートの支援を通じて、社員を変える! そんなスポーツ支援に熱い会社が、さらに地域まで巻き込もうとしている。 スポーツを通じて、会社を変え、地域を変え、みんなを変える! そのキーワードは、自治体との連携だという。 この活動を、あいおいニッセイ同和損保で推進してきた、スポーツ振興担当の倉田秀道さんに、再び聞くことにしよう。 「自治体には、障がい者も、そうでない方も一緒に生きる“共生社会”、“インクルーシブな社会”を目指すという地域課題があります。地域の皆さんに、共生社会という意識を、パラスポーツを通じて持っていただき、理解を深めてもらいたい思いがあるんです。だから、当社の社員である障がい者スポーツの選手を、講演会や体験会に派遣する話には、自治体さんも積極的なのだと思います」 倉田さんたちによる、自治体の講演会や体験会への選手派遣は、2017年から取り組んでいるという。
Vol.5 倉田秀道さん
写真/小野口健太
〈プロフィール〉
くらた・ひでみち/1961年、千葉県生まれ。あいおいニッセイ同和損害保険、経営企画部次長 スポーツ振興担当。スポーツ庁よりスポーツエールカンパニー認定、東京都から「スポーツ推進モデル企業認定を受けた、同社の一連の取り組みを担当。2003‐2016年は、早稲田大学スキー部監督も兼務した。また、2019年からは、ランナーの川内優輝選手と所属契約を結び、川内選手のマネジメントおよび「全国マラソンキャラバン」を展開する陣頭指揮も執っている。
パラアスリート支援には
お金をかけないワザもある!
「多くの企業は、大きな費用を使って、スポーツイベントを主催されています。それは素晴らしいことであり、うらやましい限りです。でも当社は、自治体のイベントに選手を派遣しているだけで、イベントの主催はしていません。結果的に、選手やスタッフの派遣ですから、交通費くらいしかかからないんです」
その理由は、やり続けるためだ。
「その方が、“持続可能性”でもあるんです。2020年の大イベント後も、私たちは、やり続けることが大事だと考えています。だから、大きなコストをかけずに取り組む必要があります」
確かに、自治体との連携であれば、自分でイベントをするコストはかからない。
会場の手配も、地域への宣伝も、自治体の主催イベントに乗ることができる。
企業でなくても、家族や友達でも、パラアスリートの支援ができる。
地域で開催された講演会や体験会に、自分が支援したいパラアスリートを紹介する。
この考え方なら、誰もが、パラアスリートの活動を支えることが可能だろう。
「私たちは、全国にある拠点もちゃんと活かしたいので、現場も巻き込んでやっています。2018年度は、全国の講演会やイベントへの選手派遣が81回。今年度は、新たに「全国マラソンキャラバン」も加わっています。さすがに、選手ひとりでは行かせられないので、ぼくらも出張が大変です(笑)」
物事は、現場で進める!
放っておいても、進みはしない
「物事を進めるには、現地で進めなくてはなりません。地域の支店長が、自治体に行って、説明して、どこまで詰めてゆくかにかかっています。しかも、押さえどころ、勘どころもありますから、私も行きます」
あいおいニッセイ同和損保は、1万4000名の社員を抱え、615の営業拠点を持つ。
倉田さんは、イベントの話があれば、地域の支店長が、その自治体と話を詰められるように、全国の営業拠点を飛び回ってサポートする
「イベントの2、3月前に、支店長と一緒に、市役所や県庁などに行って、しつらえを意見交換します。そして、大体の方向性を決めた上で、細かいことを現地で対応できるようにします。そうして、当社と自治体が一緒になって取り組む、しつらえが整ってくるわけです」
こうした丁寧な準備があって、初めてそのイベントが、東京の本社が仕切るイベントではなく、本当の意味での“地域のイベント”になるのだという。
「そうこうしているうちに、小学校中学校での体験授業の依頼も来るようになりました。今度は、自治体と学校と、それぞれに行くので、最低でも2回の出張です。もちろん、現場の営業拠点も必ず巻き込んでゆきます」
今では、準備のマニュアル化も進み、一度イベントを経験した支店であれば、倉田さんたちの負担もかからなくなってきたという。
「最初の成功事例を作って、マニュアル化するまでが大変なんですがね(笑)」
“地域の名士になれ”
その言葉に、本質が凝縮している!
こうした活動が積み重るに従い、自治体からの評価も、当然上がってくる。
「あいおいさん、凄いですねって。スポーツで地域貢献の活動もやっているんだね」
活動は地方紙にも採り上げられ、お客さんや取引先からも評価されて、次のイベントに声をかけてもらったりなど、周囲の支援の輪も拡がるという。
「広告宣伝効果は、あくまで結果論です。広告宣伝効果を目指したら、こういう活動にはならなかったと思います。心のどこかで“契約ください”と思っていても、絶対に言わない(笑)。無欲というか、“地域貢献しようぜ”というのがいいんです。いつも、現場の支店長には、“地域の名士になりましょう”と言っています」
地域の行政、マスコミに対して、アスリート通じた活動を堂々と語り、支える活動を地道に続ける。地域の名士”は、自分で宣言するものではなく、周囲の人が決めるものなのだ。
「だから、みんな頑張れるのです」
“積極的に地域へ出向けば
選手のスキルアップにもつながる
「所属するアスリートには、基本的には、競技と仕事を両立してもらっています。ただ、選手には“職場で仕事をしているだけが、仕事じゃない”って話しています。地域に出向いて、講演や体験会をする社会活動も、選手にとって仕事なんです」
倉田さんは、所属する上長の理解を得られるように説得し、選手たちを地域にも送り出す。
「スポーツの現場や職場だけでなく、選手たちの活躍する場が、もう一つあることを社会にも示せます。しかも、講演や体験会は、その選手のスキルアップにもつながります」
こうしたスキルは、選手を引退した後にも、もちろん役立つ。
しかも、選手のスキルアップのため、話し方講座やワークショップなどの“アスリート研修会”も定期的に開催しているという。
「選手にとっても、まさに二重マルなのです」
自治体にとってマル、地域住民にもマル、地域密着を目指す企業にとってもマル、さらに選手にとっても二重マル、みんながウインウインなのだ。
2020大会を機に「スポーツの
世界は、ひとつになって欲しい」
倉田さんは、実は、日本オリンピック委員会でスキー競技の強化委員の経歴も持っている。
「以前は、スキーで海外遠征によく行っていました。そこで、海外の障がい者スポーツを見ると、日本と世界の差を感じるんですよ」
夏場の全日本の合宿で、北欧の施設に行った時のこと。トレーニング環境が限られるため、その施設には、フィンランドをはじめ、ロシアやウクライナ、ポーランドといったクロスカントリースキーの強豪国が、一堂に会していたという。
「海外のトップチームは、どこも、パラのトップチームと一緒に来るんです」
日本のスポーツ界では、ありえない光景を目のあたりにしたのは、20年ほど前。
「毎年観察していましたが、毎年、オリパラ一緒です。もちろん練習内容は違いますが、凄いなと。指導者や選手も、自然な動きで車いすの選手をサポートするんです。これ、日本にないなって、すごく感じる部分がありました」
倉田さんは、2020大会をきっかけに、スポーツの世界が、ひとつになることを思い描いている。
「ヨーロッパでは、障がい者とセパレートするっていう発想がないのです。日本の当たり前は、世界の当たり前じゃない。国際スタンダードは、違うんです。ルールはほぼ一緒なのだから、協会とか団体も一緒にしたらいいと思います」
選手たちの間にある、垣根を取り払う。
共生社会を目指す倉田さんのひと言は、示唆に富んでいる。
「だって、世界がそうなのですから」